2007年の横浜でのワールドコンで出会ったベネズエラのSFファンクラブAVCFyF(ベネズエラSF&ファンタジー協会)のJuan Carlos Aguilarが編集にかかわった短編集。Kindleで買える。SFの歴史に軽く触れた後、スペイン語圏SFとベネズエラのSFを詳しく解説した序文つき。

 「カラカスの火星人」Marcianos en Caracas 
ホセ・ウリオラ José Urriola
 ぼくが山を歩いていると火星人の宇宙船が現れ、さらわれた。宇宙船の中の呼吸ができる液体の中で目覚めたぼくは、「カラカス市の征服に協力しろ。さもなくば、お前は死ぬ」と脅迫された。なぜ、ニューヨークやロンドンや東京じゃなくてカラカスなんだ?ユーモアたっぷりにおマヌケな火星人のカラカス侵略を描く。

 「行きつ戻りつ」Idas y vueltas
 ホセ・ルイス・パラシオスJosé Luis Palaios
 生まれは科学技術の進んだ衛星都市だったが、健康のため、祖母と共に自然豊かな惑星の都市メトロポリスで少年時代をすごしたぼくは、今、衛星都市に帰るべくシャトル便に乗っていた。両親の成功と挫折、淡い恋、衛星都市での親戚とのつきあい、新しい恋など、二つの世界の文化の違いに戸惑う青年を叙情的に描く。

 「聖なる記述(あるいは、実験MC8876-Aの記録)」
 La Sagrada Escritura(o El Registro del Experimento MC8876-A)

 ホセ・アントニオ・デ・コルドバ・ベンダハン
José Antonio de Córdoba Bendahán 
 観測者に観測される粒子への影響を粒子加速器を使って実験した記録。私は同僚の博士と実験を開始したことを祝って飲みに出掛けたが、そこでアンドレアという女性と知り合う。しかし同僚の博士は彼女に入れ込み、実験に来なくなった。怒りに駆られた私は一人で実験を始めるが、その影響で超能力がついてしまう。発生したブラックホールを押さえ込み、物理法則を捻じ曲げ、新しい世界を創造するという話の当初からは思いもよらないバカ話になる。

 「希望」Esperanza 
カルロス・マルティネス・ケロCarlos Martínez Quero
  
DNA解析の研究をしている遺伝子学者のパートと、もうすぐ子供が生まれようとしている夫婦のパートが交互に語られる。次第にどちらのパートにも不可解なことが起こり始め、最後にはこの二つのパートが収束していく。新人類誕生テーマだが、派手なことは起きない。地味な語り口だけにしっとりとした味わい。

 「2本のオリーブの木の片割れ」」 Uno de los dos olivos 
 アナ・テレサ・ロドリゲス・デ・リベラ Ana Teresa Rodríguez de Ribera
 作者は父も夫も息子もSFファンなのに、自分自身はSFから距離を置いていたが、「2001年宇宙の旅」のDVDを見て、SFに傾倒するようになった文学部教授。「ジャンヌダルクのように」声を聴く青年エリアスと、悪夢を見続ける雑誌記者モーゼが黙示録的な地震に襲われたイスラエルで出会う。作者の経歴のせいか、SF的な設定はほとんどない。

 「凍った地獄」Infierno Helado 
フェリクス・M・ディアス・ゴンサレス Félix M Díaz González 時は2108年。人類初の木星への有人飛行でエウロパに着陸し、微生物の生存確認をして帰還した女性宇宙飛行士、リディア・アフィンソの講演が行われていた。しかし、エウロパでの事故の真相を聞かれて、リディアは当時のことを回想した。その事故では一人が死亡し、一人は重傷をおったので、事故の対策は彼女一人でやらなければならなかった。70年代からSFを書いているベテランで著作も多数ある。「火星の人」エウロパ版の趣がある。

 「アナと生きる」Coviviendo con Ana
エンツァ・スカリチEnza Scalici
 
イタリア生まれで、結婚してから仕事の関係でベネズエラに移住。途中2年間イタリアに帰るが、そこで作家生活を開始。1980年からはベネズエラ在住。世界はきな臭くなり、今にも戦争が起こりそう。ロベルトはAIを備えたシェルターを建築中だったが、アナという名を付けたAIは既に完成していた。いくつかの重要な書類をそのシェルターに収納しているときに、カラカスに原爆が落とされた。まだ避難するつもりはなかったのでロベルトは外へ出ようとするが、外は放射能に汚染されているので、アナは扉を開けようとしなかった。星新一を思わせるようなショートショートの好編。

 「この窓から覗ける世界」」El mundo que se asoma por nuestra ventana

 ロナルド・デルガード 
Ronald Delgado
 資源が少なくなり、自由に水や電気が使えなくなった地球。規定以上使うと自動的に「使用量が規定以上になりました。許容量を超えると、法により罰せられます』という声がして、とめるシステムを開発したエコセンサー社に勤めるダミアン。彼は自分の仕事なのに、この声にうんざりしていた。そんな彼に火星にこのシステムを導入する仕事が舞い込む。火星ではつ急ほど資源が逼迫していないので電気や水を使いすぎても「あの声」がしない。ダミアンは思わず「天国だ」とつぶやくが。いつも制限されて使っていたものを、際限なく使えるとなったらどうなるかという批判がこめられている。

「北緯12度 ベネズエラSF短編集」
12 grados de latitud norte --Antología de ciencia ficción venezolana (Ubikness, 2015)


Comité editorial
:Juan Carlos Aguilar, Jorge Abreu, Ronald Delgado, Fili Fazzino, Susana Sussmann
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