スペインF&SF&T協会(Tはterrorで恐怖小説)が一九九九年度から出版している年次傑作選である。この二〇〇四年度版は、二〇〇三年に出版された短篇集、雑誌、ファンジンの中から優れた作品を八篇集めたものだ。

 最初は、ビセンテ・ムニョス・プエリェス Vicente Muños Puelles、「昆虫食堂」 Los comedor de los insectos。短篇集「田舎者の最後の望み」から。ブラム・ストーカーの『ドラキュラ』に出てくる昆虫を食べる精神異常者レンフィールドに影響され、自ら昆虫を食べて研究を重ね、昆虫を食べるレストランを開店した人物の物語。三ページ半ほどの短い作品。

 ホセ・カルロス・カナルダ José Carlos Canalda、「最後のノア」El último Noé。「メニール」bRから。地震でもなく、温暖化のため極氷が融けたでもないのに、海水面がじわじわと上がり、世界が水没する話。全世界的な現象なので、地震による津波のような局地的な災害と違い、どこからも救助が来ない。 本書の発行は発行は二〇〇四年の七月だったが、あのスマトラ地震の水害を連想させる。

 ホアキン・レブエルタ Joaquín Revuelta、「世界よ、壊れよ」 Dehacer el mundo。アンソロジー「アルティフェックス第二期」10から。二〇〇二年ドミンゴ・サントス賞受賞作。人類の九八%がネットに接続している未来。ぼくはネットに接続できないダミーで、皆から仲間はずれにされていたが、ノリコだけはぼくを愛してくれた。しかし、幸せな時期は続かない。地球環境の激変で、ノリコは去っていったが、突然、彼女は帰ってきた。その姿にぼくは慄然とした……。ホラーの味付けがなされているものの、一番SFらしい作品。本書中のベスト。

 ファビオ・フェレーラス Fabio Ferreras、「檻の中から」 Desde la jaula。インターネットからダウンロードできるファンジン「パルサー」10から。公園で妻と息子と食事をしていると、いきなり警察に逮捕された。犯罪率上昇の対抗策として無作為に選んだ市民を収監し、家族が、近くにいる犯罪者の死体を持ってくれば、その捕らわれた人を解放するという制度が作られた。一緒に捕らわれた人は次々と解放されていくのに、私だけは家族が来てくれない……。喜劇がかっているが、これも一種のホラーといえるかもしれない。

 カルロス・スチョウォルスキ Carlos Suchowolski、「帰還の旅」 Viaje de vuelta。「アルティフェックス第二期」bXから。二十数年前に故郷を捨てて航海に出たときには、戻ってくるとは思ってもいなかった。街並みには見覚えがあるが、人々や雰囲気はすっかり変わっていた……。船に揺られて夢うつつの状態にいるようなファンタジー。

 サンティアゴ・エクシメノ Santiago Eximeno「彼ら」 Ellos。ファンジン「アルファ・エリダニ」bWから。全部で十二行。ページの半分にも満たない詩のような短篇。一九七三年、マドリード生まれの若い作家だが、今発行されている雑誌やファンジンのほとんどに作品を発表している。この二〇〇四年度版の前年に発行された二〇〇二―三年度版には二篇収録され、そのうちの一篇「折紙」はイグノトゥス賞短篇部門を受賞した(「ルナティック」24に訳載予定)。

 カルロス・カストロシン Carlos F. Castrosín、「一九九五」 1995。自選短篇集「未知の大地」から。中国の孤児院に、「死の部屋」と呼ばれる場所が存在するという噂を得たチャンネル・ファイブのテレビクルーが中国に潜入、そこで見たものは……。こんなこと書いていいのかいなと心配になるような、ある意味サスペンスフルな一篇。

 最後は、カルロス・ガルディーニ Carlos Gardini、「生贄の踊り」 El baile de las víctimas。「アルティフェックス第二期」bXから。ガルディーニは一九四八年、ブエノスアイレス生まれ。アルゼンチンを代表するSF作家の一人。おれはお館様に選ばれて秘密の儀式を行った。しかし、その次の朝、お館様はおれを捨てていった。しかも太陽の光に焼かれて気がついた。夜の不死者にされてしまったのだ。この呪いを解くにはお館様を探し出し、その血を浴びる以外にない。おれの数世紀にわたる探索はこうして始まった。長篇にもなりそうな、吸血鬼テーマの復讐譚。
ようやく見つけたお館様の敷地には、敵であるべき太陽を追いかけるというひまわりが一面に広がっていたという景色が印象的。
 この選集に収録された作品八作のうち、三作が「アルティフェックス第二期」からで、イグノトゥス賞短篇部門のノミネート作も五作全てがこの雑誌からという躍進が著しい。それとは逆に、今まで良質の短篇を提供していた「ヒガメッシュ」は年間六冊出版予定が二冊しか出せず、掲載作も外国作品が中心で、あまり振るわなかったなど、出版事情の改変が進んでいる。

「夢の紡ぎ手2004年度版」
Fabricantes de sueños Selección2004
 (AEFCT, 2004)

ベレン・ブランコ、アルベルト・ガルシア=テレサ選 
Belén Blanco & Alberto García Tereza
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