AEFCFT(スペインF&SF&T協会)出版の年次傑作選である。例年に比べてSF的設定が少なく、ホラー系のストーリーが多い気がする。ドミンゴ・サントス、セルヒオ・マルス、サンティアゴ・エクシメノ以外の作家はあまり名を見かけたことがないが、読みやすい作品も多く、なかなか面白い短編集であった。

 「力助」Aduya 
セルヒオ・パーラ Sergio Parra 初出:短編集『失われたメッセージ』(Mensajes Perdidios)。 古今東西の文献の引用元を検索できるソフトウェア「CopyCatch」の開発者はさらなる機能強化のため、世界のあらゆる言語を調査するうちに、アフリカのある言語にたどり着くが、それは彼自身の命を危険にさらした。相当な薀蓄の詰まった短編。訳出するとすれば、かなり苦戦しそう。

 「スラガー・オープニング」Aeprtura Slagar
 アルフレード・アラモ、サンティアゴ・エクシメノAlfrdo Álamo y Santiago Eximeno 初出:短編集『NGC 3660』 2007年3月号。2008年イグノトゥス賞 短編部門受賞。 チェスを楽しんでいるプレーヤーが大きな獣に襲われて死亡した。その手がかりは、その場に残されていたチェス盤の駒の並び方にあった。凄惨な描写が続くが、ユーモアを感じさせるところもちらほら。

 「ブラックアウト」Blackout
ジョルディ・アルメンゴル・カメルJordi Armengol Camer  初出:アンソロジー 「アンドロメダブック(Libro Andrómeda)」。第3回カタルーニャ語マヌエル・デ・ペドロロSF&F賞最終候補作。 高報酬につられて脳内に神経インプラントを埋め込む手術を受けたが、時々意識が跳ぶブラックアウトという現象が起きるようになってしまった。ある時、友人とパブにいる時にブラックアウトが起きた直後、サイボーグの二人組に襲われた。アクション満載、コミックを読んでいるような視覚的SF.

 「シャララ」Chalala 
ダヴィッド・マテオ・エスクデロDavid Mateo Escudero   初出:『瘴気(MiasMa)No.6』。 フランスの大農場で奴隷として働くシャララは、ある日農場主の息子の許婚に一目ぼれしてしまう。仕事も手につかなくなったシャララは、思いを遂げようと、魔術師に相談を持ちかける。読みやすさ抜群。ホラーストーリーというのだろうが、恐怖度は高くない。いちばんかわいそうなのは、許婚のマリーだな。

 「死者の街」La ciudad de los muertos 
アントニオ・セブリアンAntonio Cebrián 初出:アンソロジー 「相乗効果(Sinergia)」No.13。 終末都市テルミノ、通称「死者の街」は人間の思考パターンや外見をデータ化して保存し、その人物の死後でも相当の額を払えば会って話をすることが出来る場所だ。そこへ一人の青年が母親に愛に来た。データ化された人物は自分の死のことは知らないので、それに関することや今どこにいるかなどは話題にしないように求められるのだが・・・。最後のどんでん返しがP・K・ディック的。

 「ゲームの始まり」El comienzo de la partida 
J・E・アラモJ.E.Álamo   初出:「使者(El enviado)」。 「Bar Paco」と看板が出ているが、誰もが「しみったれ(Piojoso)」と呼ぶバルで、4人がポーカーをしている。そのうち一人が帰るというので抜け、そこに私が入った。3人のうちルイスという男が意地汚い男で、どんどん賭け金を吊り上げて私との一騎打ちになったが、私も負けていない。魔法のようにポケットから次々と札束を出す私に対抗して、車や母親の宝石まで賭けるルイスは追い詰められていく。最初にルイスの死について書かれているので、着地点はわかっているのだが、そこに行くまでが読ませどころ。

 「槌」El mazo
ホセ・マリア・タンパリージャスJosé María Tamparillas   初出:「瘴気(MiasMa)」No.6。 厳格だった裁判官の父の葬式の日、あまりの厳しさに家を逃げ出した息子が帰ってきた。父から解放されたことから、家の中をめちゃくちゃに荒らすが、どこからともなく裁判官の槌の音が・・・。ホラー仕立てになっているのだが、あまり怖くない。

 「救国のエルンディーナ」Erundina salvadora 
マリア・コンセプシオン・レゲイロMaría Concepción Regueiro初出:『エリダヌス(Erídano)』No.14。 
スペイン内戦が熾烈を極めたバルセロナで、バベッジが開発したディファレンシャル・エンジンを改良した戦況分析マシン、エルンディーナが完成されようとしていた。一人で開発を続けていたイバニェスはフランコ軍の動静分析をして共和国の勝利に寄与した。ちょっと弱気なイバニェスの視点から描かれた戦記物。終盤では真珠湾攻撃、原爆投下などの分析もする。

  「地中深部の深い匂い」Lluvia sangrienta 
フアン・アントニオ・フェルナンデス・マドリガルJuan Antonio Fernández Madrigal 初出:短編集『美しき毒蛇たち(Magnífica víbora de las formas)』に「アレクセイの物語(Historia de Alexei)」の題で発表。 幼少時に脳インプラントを埋め込まれ、石油をかぎつける訓練を受けていた弟と俺。能力を使えるようになるまでには十数年かかるが、そのまえに弟は殺された。数年後、俺に能力がついて生活は一変した。小さな部族間の戦争が耐えない世界で生き抜く子供たちのストーリー。

 「間違えない男」El hombre infalibre 
カルロス・ドゥアルテ・カノCarlos Duarte Cano 初出:SFサイト AXXON(www.axxon.com.ar)。 アントン・フェイトは6歳のとき祖母とこの街にやってきた。学生時代、勉強は天才的だったが、友達と付き合うことはなかったので、陰惨ないじめにあう。いかし、アントンは全く気にしない。卒業後、村で農業を始める。作物はいいものが出来るので、みんなが造り方を効きに来るが、誰にも教えない。ある日、学校の同級生だった理論物理学者が訪ねてきた。彼にいくつか助言すると、評判を聞きつけた学者やマスコミが大挙して押し寄せるが、ことごとく突っぱねるので、ついには政府に投獄され、命を落とす。どうも、アントンの正体は異次元の人間だったらしい。

 「しみ」La manchaラウラ・ポンセ Laura Ponce  初出:『オーロラ電子雑誌(Aurora Bitzine)』No.61。 本の収集が趣味のソフィアはぼくと出合い、幸せな結婚をしたが、異次元への「門」についての本に出逢うと、それに取り付かれたようになった。ある朝目が覚めると、シーツに彼女の姿のままの血の染みを残したまま、彼女は消えてしまった。友人に聞いても、彼女の存在自体を知らなかった。その血の染みはいつまでたっても乾かないというのは面白いイメージだが、想像のとおり、この染みが異次元への門となっていて、ぼくは彼女を追って、その「門」を潜り抜けるのである。

 「内なる死」La muerte interior クラウディオ アモデオClaudio Amodeo 初出:短編集『アクソン年刊傑作選Ⅰ』(Anuario I de AXXON)。 イナゴのような生物の大群と戦闘している未来の軍隊。もう少しで殲滅できるところまで来たところで、赤く輝くゲートが現れ、イナゴどもは退却し始めた。追跡にかかったたところで首を刺され意識を失った。救護施設に収容された俺は、自分の名前も階級もわからなくなっていたが、昔の恋人ダナエのことは覚えていて、看護してくれた女性にその面影を見ていた。光線銃とプロテクターを身につけた前半の戦闘シーンは迫力がある。

 「何か違うといつも思っていた」Por siempre otro ラウラ・キハーノLaura Quijano 初出:『NGC3660』。 小さい頃からぼくは母親の言うとおりにしてきた。飼う犬の種類や名前、サッカー部ではなく科学部に入ること、結婚すべき女性の職業まで。学校の教師と結婚すべしという母親に反抗して、遺伝学者と結婚したが、妻は驚くべき事実を知ってしまった。この題名で、オチを割ってしまっている。
実は、ぼくは母親の死んでしまった最初の息子のクローンで、同じ息子を得ようとした母親の仕業だったのだ。

 「通常の処理」Procedimiento de rutina ラモン・サン・ミゲル・コカRamón San Miguel Coca 初出:『SFサイト(Sitio de Ciencia Ficción)』http://www.ciencia-ficcion.com
 部屋の要所要所に銃を持った警備員がいる待合室に、20人ほどの男女が詰め込まれている。「通常の処理」ということで一人ひとり別室に呼ばれて入る。そこでは衣服を脱がされ、髪も剃られ、あらゆる検査をされる。それがすむと、また別室に移され、職場や友人の人間関係、宗教、政治傾向などを根掘り葉掘り訊かれる。逃げようとしたものは、警備員に射殺される。不条理サスペンスの様相を帯びてきたところで、現実的な結末を迎える。ある意味、とても恐ろしい話だ。

 「人間への奉仕」Servir al hombre ドミンゴ・サントス Domingo Santos 初出:『BEM on Line』 http://www.bemonline.com(閉鎖中)
 スペインSF界の巨匠、ドミンゴ・サントスの登場。作家としてはもちろん編集者、翻訳家として多くの作品を残している。代表作は『ガブリエル』という人間に近いロボットの物語だが、本作もその系譜の一つ。ある高名な神経外科医が臨終の床に合った。枕元に居るのは、助手のロボット。このロボットと共に、人間の脳を機会にコピーする研究をしていたが、すでに完成させるだけの時間は残されていない。そこでこのロボットがとった行動とは・・・。先は読めてしまうのだが、しみじみとした良い話。3ページほどの短い作品。

 「ヴラド」Vlad ホセ・イグナシオ・ベセリル José Ignacio Bacerril 初出:『ヤングレジャー(Ocio Joven)』 
「吸血鬼ドラキュラ」のモデルとされたルーマニアのワラキア公「ヴラド串刺し公」の物語である。本書中、最長34ページとなるこの中篇は4つのパートからなっている。1475年、勇猛で名を馳せたヴラドが捕虜となったハンガリーで王女に見初められ、兵士として起用されるが、続く戦で負傷。彼が死んだと思い込んだ王女は自殺してしまう。傷を負いながら帰国したヴラドを待っていたのは、王女の死と自殺者には厳しいキリスト教の仕打ち。怒りに駆られたヴラドはそこにいた僧侶を皆殺しにし、国外へ逃亡するという第1パート。1888年のロンドンのパブで、3人の男が最近起きている連続殺人事件は吸血鬼の仕業ではないかと話し合っている第2パート。この3人とはジョン・ワトスン、ヘンリー・ジキル、フィル・フォッグ(フィリップ・ホセ・ファーマーの小説に出てくる人物)だということが後でわかる。現代のパリのセーヌ川沿いで人々を眺めながら、自分とは一体何者なのだと、思索にふける第3パート。そして、最後の第4パートでは未来の廃墟と化した地球の上空から、「吸血鬼」であることは「寄生体」であることを科学的に考察する。

 「ヤマタノオロチ」Yamata-no-Orochi セルヒオ・マルス Sergio Mars  初出:『瘴気(MiasMa)』No.7
「ヤマタノオロチ」とは東京の東632マイルの地点にある海底火山の頂上に開いた洞窟である。その洞窟の先には緑色に輝く廃墟の都市が広がっていた・・・。えもいわれぬ恐怖に襲われながらも、この廃墟に惹かれていくふたりの男の物語。作者は序文で、「クトゥルー」にインスパイアされたと述べている。

「夢の紡ぎ手2008年度版」
Fabricantes de sueños Selección2008 (AEFCT, 2009)


Seleccionado por Carlos A. Gómez, Juanma Santiago, Juan José Parera, Miguel Puente, Magnus Dagon y Pily B.

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