AEFCFT(スペインF&SF&T協会)出版の年次傑作選である。最近、このシリーズが手に入らなくなっていたのだが、今年(2012年)になって2007~9年版が一気に手に入ったので、最新の2009年版から紹介する。(2012/5)

 「分岐した男」El hombre divergente 
マルク・R・ソトMarc R. Soto 初出:短編集『分岐した男』。 郵便局に勤めるエドゥアルドは時々自分ではない違う男としての自分を体験していた。精神科医は「精神分裂」というが、そうとは思えないほどリアルだった。平行世界SFで始まり、ホラーで終わる。

 「狙撃兵の論理」Lógica de francotirador
 フランシスコ・ハビエル・ペレスFrancisco Javier Pérez 初出:短編集『ディオニシア ポップ!(Dionisia Pop!)』。 新興宗教の<救世主>10才の少年ダミアンはクローンであり、テレパスだった。この小僧が小生意気で、護衛に着いた女性イリーナが手を焼くほど。最初はイリーナとダミアンは親子かと思わせるが、次第にサスペンス的設定になってゆく。

 
マヌエル・デ・ロス・レイェスManuel de los Reyes 「冷たい皿」Un plato frío 初出:アンソロジー 「アルティフェックス第4期(Artifex 4ª época)」Vol.1。 テレビタレントのアマヤは料理番組で共演している料理人ベルナルドと恋愛関係にあったが、ベルナルドの浮気が発覚。復讐のためにアマヤがとった手段とは……。なかなかにエグイ読後感を残す。

 「クリスキイの輪」El círculo de Krisky 
ミゲル・プエンテ・モリンスMiguel Puente Molins   初出:『13の都市伝説(13 leyendas urbanas)』。 電子メールのチェーンメールとしてフアンのところにまわってきた「クリスキイの輪」という題名のメール。「クリスキイ」とは夜、子供たちをおびえさせるタンスの怪物の類の東欧版で、その怪物から身を守るには、鉄でできたものを直接手で持ち、床に塩で輪を描き、その輪から出ないことという指示が書いてあった。友人のいたずらではないかと疑いながら、そのメールの指示どおりに従っていくフアンの心理が面白い。

 「循環」Secuencia 
J・E・アラモJ.E.Álamo 初出:アンソロジー 「エリダヌス座アルファ(Alfa Eridiani)」No.9。 いつものように7時30分ちょうどに店を開けると、常連客が入ってくる。そのなかに、「いつものを頼む」という初めての客がいた……。循環小数のようにずっと同じことの繰り返しから脱出するには、自分から行動を起こさなければ、というが、この設定は無理がないか?

 「三人の女」Tres mujeres 
エルナン・ドミンゲス・ニモHernán Domínguez Nimo  初出:「クアサール(Cuasar)」No.47。 アルゼンチンのSF誌からの選出。城塞都市テレゴを支配する独裁者グアコは、全ての市民の精神に語りかける能力を持つ<助言者>を毒殺して今の地位を手に入れたが、「三人の女が現れて、一人が残るだろう」という<助言者>復活の予言を恐れていた。そこへ、自分の名前しか覚えていない謎の女が城壁の外からやって来た……。双頭のシャム双生児、シェイプシフターなどが登場し、ジャック・ヴァンスばりの雰囲気を持つスタイリッシュSF。

 「パルプ サイエンス フィクション:ニック」Pulp Science Fiction:Nik
グアイエック ペルドモGuayec Perdomo  初出:「エリダヌス座アルファ(Alfa Eridiani)」No.9。 蜘蛛型異星人に侵略され廃墟と化し、略奪者と野犬が跋扈する未来の都市。雨が降れば、水に弱い蜘蛛どもは出てこないので、何とか生き残ったニックは食料を求めてさまよい歩く……。パルプではあるかもしれないが、サイエンスフィクションではないな。意外な最後が効いている。

 「ロープ」Cuerdas 
サンティアゴ エクシメノSantiago Eximeno 初出:短編集『ナイフと遊ぶ赤ん坊(Bebés jugando con cuchillos)』。 テレビのCMでやっていた魔法のロープが大流行した。小さな箱からロープが上にのび、その上端に昇って本を読んだりできるのだ。近くの公園にも、このロープに乗っている人達が大勢いた。友達のルイスも買ってもらったし、ぼくの家でも1個買ったが、パパが一人で使っていた。ところが、このロープの所有者が行方不明になる事件が続出。パパも行方がわからなくなってしまった。日常生活から、だんだん外れていく不思議な物語。

  「血なまぐさい雨」Lluvia sangrienta 
ロベルト マロRoberto Malo 初出:短編集『悪魔の光(La luz del diablo)』。 ある夜、フアンは目が覚めると空は真っ赤な雲におおわれていた。恋人のエバから不安だから一緒にいて欲しいと電話でいわれエバの部屋へ行くが、そのうち、赤い雨が降り始めた。色が赤いだけでなく、血の臭いもした。エバの母親の家へ行くため、血の雨の中へ出て行った二人に郵便ポストや交通標識、果ては車や建物までもが命を得たように動き出し、人間に襲いかかってきた……。ばかばかしい話だが、ぐいぐいと読み進ませる迫力がある。

 「アシモ」ASIMO 
ホスエ・ラモスJosué Ramos 初出:SFサイト Sitio de Ciencia-Ficción(www.ciencia-ficcion.com)。 このアシモはもちろんホンダの二足歩行ロボットのこと。とはいえ、AIが組み込まれ、自分で考え、会話や行動ができる。2057年のある夜、アンドリューは一人で歩いている人影が見えたので、車を停めてみると、それはロボットだった。家につれて帰ると、5才の息子に気に入られ、一緒に暮らすことになった。人間関係が希薄になったこの時代に「人間に奉仕するというプログラムを与えられたロボットの方がよほど人間らしいという人情ファンタジー。

 「汝、死の都、我が夢」Tu Necrópolis, Mi sueño ダニエル・G・S Daniel G.S  初出:『多面体(Poliedro)』No.3。 タバコを吸ったり、酒を飲んだりするが、踊りはしない真面目なフリオは、ある日ふと思い立ってバスに乗り、墓地に行った。そこでは死者が歩き回り、ここに埋葬されていないはずの兄もいた。そこに片思いだったカルメンもあらわれて……。死者と言葉をかわすことで訪れる静かな情景。

 「日没の緑の残光」El rayo verde en el ocaso セルヒオ・マルスSergio Mars 初出:短編集『日没の緑の残光』。 廃墟となった都市をさまよい歩いていたアノルは目が覚めると目も開けられないほどまばゆい光の下で、ベッドに縛り付けられていた。しばらくすると、自分達は未来人だという一団が現れていろいろ検査をし始めた……。活力のなくなった未来人が古代人のバイタリティーを利用して文明復興をめざす。

 「酒場ブラッディマリー」La taberna Bloody Mary ヘラルド・P・コルテスGeraldo P. Cortés 初出:『13の都市伝説(13 leyendas urbanas)』。 赤い車に乗った若い男が、カーブが続く夜の山道で白い服の少女を拾って載せた。「カーブに気をつけて!」と少女が叫び、車は崖から落ちる一歩手前で停まった。少女は驚いていた。こんなはずがない……。私が乗った車はこの何十年と必ず崖から落ちたのに。気が動転している少女に男は尋ねる。「このあたりで知っている店は?」その店が酒場ブラッディマリー。そこにはスーパーヒーローのコスプレをした男や、鏡を通り抜ける女がいた。幽霊の話しかと思ったが、さにあらず。店の女主人と客との会話が軽妙だが、意外な結末に唖然。


「夢の紡ぎ手2009年度版」
Fabricantes de sueños Selección2009 (AEFCT, 2010)


Seleccionado por Pily B.,Juan Antonio Fernández. Madrigal, Carlos A. Gómez, Juan Ángel Laguna Edroso, Juan José Parera y Rafael Rius.

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