AEFCFT(スペインF&SF&T協会)出版の年次傑作選である。キューバのSF作家ジョシュ編。中南米からの選出、とくにキューバからの比率が高いのはジョシュならではといえる。出版順としては、2012-2013年版の後に出版された(2017/5)

 「コーヒーは血で贖う」Café con sangre
 
フアン・パブロ・ノローニャ・ラマス(キューバ)Juan Pablo Noroña Lamas
 初出:ウェブマガジン「AXXON 213」2010年12月。 フランス人が所有するキューバのコーヒー畑にスペインの軍人が接収にやってくるが、交渉は決裂し、血なまぐさい事態に発展する。植民地時代の話で奴隷解放のことも絡んでくる。怪奇幻想の様相はなく、サスペンス色のほうが強い。

 「無邪気な犠牲者」Víctimas inocentes
 ダビッド・ハッソ(スペイン) David Jasso
 初出:ウェブマガジン「NGC3660」。 本編が始まる前にこのアンソロジーでは異例といえる4ページにも渡る前書きが着いている。1989年最初の子が生まれるときに医療事故で酸欠を引き起こし、産声が上げられなかった。そのときは本当に「静けさが怖い」と思ったという。一命は取り留めたものの、保育器の中にいることを余儀なくされたが、2週間後ダニエルと名づけられた息子は息を引き取った。この短編を書くことでいくらかでも傷を癒したいという気持ちがあった。
 物語は夜になると暗闇のものたち〈吸血鬼〉が徘徊する世界。暗くなってからは人間は外を歩けないのに、ある夫婦の家のどあに助けを求める声がした。中に入れてやると最初は感謝して、いい人のようだったが、突然「申し訳ない」といって施錠してあったドアを開け、そとを歩き回る「暗闇のものたち」を招き入れてしまった。夫婦は襲われ、二階で寝ていた赤ん坊を吸血鬼に感染させられた。嘆き悲しむ夫婦。この子を解放するにはカーテンを開け日光を入れるだけでよかったのだが・・・・。

 
「彫像の道理」La razón de las estatuas
 アリエル・S・テノリオ(アルゼンチン)Ariel S. Tenorio
 ある教会で礼拝の最中に巨大なキリストの石膏像が動き出し、司祭の頭をかち割った。嫁がいなくなってしまえと願っていた姑はあわてて願いを取り下げ、カポエイラの同情に通っていたカップルは日頃の成果を発揮できずに絶命した。キリスト像は教会の外へ歩き出し、長距離バスを襲ったが、軍隊が出動してこれ以上の騒動は治まったと思われたそのとき、リオデジャネイロのコルコバードの丘に立つキリスト像の目が瞬いた。ひと昔まえに流行ったスプラッタコメディのようだ。

 「ウォレー・スポーン」Warreh Spawn 
マグナス・ダゴン(スペイン)Magnus Dagon  
初出:ウェブマガジン「AXXON 210」2010年9月。 人気へヴィメタバンド「サウンドスクリーム」がレコーディング中に火災が発生してメンバー、スタッフを含む25人が死亡した。しかし、一命を取り留めたボーカルのアラン・フォルストレムが火傷の痕もそのままの醜悪な容貌で、「ウォレー・スポーン」として新しいバンドを結成した。私はサウンドスクリーム時代からのファンだったが、ウォレー・スポーンの曲には悪意のある悲しみしか感じられなかったので、彼が出演するロックふぇ巣の楽屋にしのびこみ、アランがいつも飲んでいるレモン水に漂白剤を仕掛けて彼の声を潰そうとした・・・。クイーン、ナインインチネイルズ、カート・コバーンなど実在のミュージシャンの名をいたるところにに散りばめ、自身もロックバンド活動をするジョシュらしい選出作。

 「もう一冊の本」Los otros libros 
ラミロ・サンチス(ウルグアイ)Ramiro Sanchis
  行きつけの書店である女性がジェイムズ・ジョイスの1952年に書かれた「海」という本を買っているのを見て愕然とした。ジョイスは1941年に死去し、「海」という本は書いたことはないのだ。驚いて店主に尋ねると、ボルヘスをはじめ、ナポレオンやチェ・ゲバラなど書誌学的にはありえない本が見つかった。さらに調べると、書いたはずのない自分の本もあり、すでに2007年に没していると書かれていた・・・。パラレルワールドものの一変種。

 「夢の彷徨い人」Onironauta 
フリオ・オルティス・マンソ(メキシコ)Julio Ortiz Manzo
 初出:ウェブマガジン「AXXON 205」2010年2月。 青い殺人鬼から逃れたぼくたち6人。頑強な警官、赤毛の少年、黒髪の女の子、片腕の男、太ったおばさんはふたりずつペアになって別行動することになったが、くじ引きでぼくはおばさんとペアになることになった。しかし、逃げ回るうちにぼくは彼女を置き去りにして一人で逃げた。というところで目が覚めた。妙な夢だと思ったが、二、三日後にも同じ夢をまた最初から見ることに。夢を見ていないときでもおばさんを置き去りにした罪の意識にさいなまれたりあおい殺人鬼の正体に気づいたりという、時間ループものの一変種。

 「狙撃兵」Francotiradores

 ギジェルモ・オズバルド・ガルシア(アルゼンチン)
Guillermo Osvaldo García
 初出:ウェブマガジン「AXXON 212」2010年11月。 狙撃兵たい狙撃兵の静かな、ときに騒がしい神経をすり減らすような先頭が坦々として続く。3ページほどの短い作品。

 「キーワード」Palabra 
ホルヘ・バカジャオ(キューバ)Jorge Bacallo
 初出:ウェブマガジン「KORAD」2 2010年12月。 統計調査士をしているぼくのところに、古い知り合いが訪ねてきた。20年来会ったことはなかったが、忘れることができないクソ野郎だった。今は動物の糞の処理を仕事をしているが、助けてほしいことがあると言って一通の封筒を差し出した。後で電話するから、封筒の中を見ておいてくれと言うことだった。後日、電話があって、その封筒の中の紙に書かれていた言葉を口に出して読んでみると、その場で大便が出た。その言葉を読むと出るということではなく、その音を聞くと出るということらしい。試しに社員を呼んで読ませてみると、急に困った顔になり、部屋を出て行ってしまった。下着を替えたばかりのぼくも、社員の声を聞いたため同様にまた出てしまった・・・。このあと、ロックフェスのバンドに歌わせてその場にいる全員に脱糞させるなどのさらなるバカ話に発展する。

「北京官話を話す危険性」Los riesgos de hablar en mandarín
 
マルセロ・ディフランコ(アルゼンチン) Marcelo Difranco
 
初出:ウェブマガジン「AXXON 201」2009年10月。 インターネットオークションでかった北京官話の神経インプラントの調子が悪くて、神経外科に見てもらったが、そのインプラントには中国政府が絡む暗号が隠されていた

 「この浜辺でわたしたちはあなたのことを愛を込めて思い出し、ここに私たちと一緒にいられるようにと願っています」Desde estas playas te recordamos con cariño y deseamos que estuvieses aquí con nosotros
 
サウリオ(アルゼンチン)Saurio
 初出:ウェブマガジン「AXXON 206」2010年2月。 ひどい量子嵐に巻き込まれて流れ着いた、とある惑星のビーチでくつろいでいると、知的生物はいないはずなのに「やあ」と4人ほどの人型生物に話しかけられた。そこから始まる「知性」とは?「生命」とは?というとんちんかんな会話。最後には「神」とまつりあげられるが、それもすべて空から来た生命体を食べるためと気づいた男がやっとのことで逃げ出したという話。題名はこの惑星の人型生物のセリフ。

 「交尾信仰」Culto de acoplamiento
 エライネ・ビラル・マドルーガ(キューバ) Elaine Vilar Madruga
  初出:ウェブマガジン「KORAD」3 2010年12月-2011年3月。 いくつもの触手を持つ異星人ムドゴルグに地球は侵略されていた。ムドゴルグの子を産むために捕らえられていた地球人の女性セルムは抵抗を続けていたが、ある日世話係のサイボーグのウクレインと計画をして繁殖場からの脱出に成功したが、それはムドゴルグに打たれた幻覚剤による妄想だった・・・。 

 「扉の向こう側」Detrás de la puerta
 
セルヒオ・ガウト・ベル・ハルトマン(アルゼンチン)Sergio Gaut vel Hartman
 初出:ウェブマガジン「NM」15。 アルゼンチンのSF作家、編集者。赤、青、黄の点滅する光に縁取られた扉の前に一人の娼婦が連れてこられた。扉の向こうには宇宙を渡り歩き、様々な生命体を調査している宇宙人がいる。性が種類あることの意味、生殖を伴わない職業としての性などについての会話が延々と続く。

 「オークション」La subasta
 
オマール・ガルシア・ラミレス(コロンビア)Omar García Ramírez
  世界中の著名な遺伝子デザイナーが自慢の作品「芸術動物(Art-nimal)」を持ち寄って開催されるオークション会場での一幕。

「肉と魚」Carne y pescado
 ヤディーラ・アルバレス・ベタンコート(キューバ) Yadira Álvarez Betancourt
  初出:ウェブマガジン「KORAD」0 2010年4月。 歴史学者であり、考古学者、異種言語学者でもあるアントニア・ジョアナ・レイゴサ博士が惑星テグハの住民をまとめて反乱活動の首魁となったので、政府軍は彼女を捕らえる作戦を展開した結果、捕虜とすることができたが、この隊のベック注意は博士の学説に興味を持っていたので、本国に送還される前に食事を一緒にしようと思った。いわゆる「食い合わせ」をテーマにした短編で、肉と魚をひとつの皿に盛ってはならないという地方があるように、この惑星にも一般には知られていない「食い合わせ」があり、これを利用して博士は逃亡を図る。

「拡張現実」Realidad aumentada
 モイセス・カベージョ・アレマン(スペイン) Moisés Cabello Alemán
  初出:ウェブマガジン「AXXON 210」2010年9月。 幼いイサベルは家の周りを散歩するのが好きだった。錆びた遊具のある公園、しなびた果物しか売っていない店、重症患者ばかりの病院、イサベルが生まれる前の死んだ兄が遊んでいた池。この池は隣接する工場から廃液が垂れ流されていて、兄の死因はこの池の水だった。親には禁じられていたが、だめといわれるとやりたくなってしまう年頃だ。ある日、政府から「今の生活を楽にするもの」を受け取った。両親が言い争っている隙にその包みを開けてみると、それはコンタクトレンズだった。それをつけて見た外の世界はすばらしかった。新品の遊具、新鮮な果物、元気に散歩する隣人。池へ行ってみると、魚も泳ぐきれいな水になっていて、遠くでは死んだはずの兄が手招きしている。イサベルは遠くで聞こえる両親の制止する声を無視して池の中に入っていく・・・。 
 
 「あなたの最良の想い出」Tu mejor recuerdo
 
カンポ・リカルド・ブルゴス・ロペス(コロンビア) Campo Ricardo Burgos López
 初出:ウェブマガジン「NM」12。 この宇宙のすべての星の娼婦街をヒューマノイド型であるとないにかかわらず、ブルデレスは熟知していたが、ある惑星でCZ3という人生でいちばんエロティックだった場面を追体験できるというシステムを見つける。ブルデレスにとってそれは、故郷のボゴタで出会った21才の時の初めての恋人オルガとの想い出だった。自分も21才に戻れるので、彼は夢中になって通い続けたが、ふと現実のオルガはどうしているか気になりだした。やっと見つけたオルガは46才になっていたが、未だに独身で美しかった。ふたたびオルガと一緒に暮らし始めるブルデレスだったが・・・。

「時は飛ぶ」Temps Fugit
 
カルロス・ペレス・ハーラ(スペイン) Carlos Pérez Jarra
 
 初出:ウェブマガジン「AXXON 213」2010年12月。 すべてが短時間で変化していく世界。勤務している会社の名前は次々と変わるので覚えている暇もない。住んでいたアパートも建設会社の都合で立ち退きにあい、買ったばかりの最新式携帯もたちまち旧式となる。人間関係も同様、恋人も一日単位で変わっていく。流行の映画は「ターボシネ」という方式で、2時間の映画を5分で見ることができる。

「その手には手紙を持っていた」Tenía la carta en la mano
 
ビクトル・ウーゴ・ペレス・ガジョ(キューバ) Víctor Hugo Pérez Gallo
 
 初出:ウェブマガジン「KORAD」1 2010年5-7月。 1896年12月、キューバ独立戦争で時間旅行者が偽の手紙を黒人指導者アントニオ・マセオに手渡し、ハバナに帰還させた。史実にある戦死からまぬがれたことで歴史は大きく変わっていく。架空戦記である。


「タクシー」Taxi  ホセ・ラモン・バスケス・ペーニャ(スペイン) José Ramón Vásquez Peña
 
 初出:ウェブマガジン「NM」15。 2013年イグノトゥス賞短編部門を受賞した「ネオ東京ブルース」の作者。マドリードの空港に降り立った日本人の客を乗せたタクシーがフランス映画「TAXi」ばりのカーチェイスをする。

「生き残れ」Supervivencia
 
ホルヘ・プラデージャ(アルゼンチン) Jorge Pradella
 
 ブエノスアイレスの南、バイアブランカ地方の「悪魔の国」と呼ばれるウエクブ砂漠に生息する蟹の生態調査に赴く生物学者が、「モーロ人」と呼ばれる幼い頃に父とアルゼンチンにスコットランドから移住してきた無法者の案内人と、五人の兵士、通訳、神父の総勢9人の調査隊を結成して、馬で四日間の旅に出たが、ウエクブの怪物に次々と襲われ、命を落としていく・・・。



「夢の紡ぎ手2010-2011年度版」
Fabricantes de sueños Selección2010-2011 (AEFCT, 2015)


Una selección de Yoss.

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