AEFCFT(スペインF&SF&T協会)出版の年次傑作選である。アルゼンチンの編集者、翻訳家ルイス・ペスタリーニ編。アルゼンチン、スペイン、メキシコ、キューバ、コロンビア、チリ、ペルー、コスタ・リカ、ウルグアイの作品を収録。

 「施しの聖母」Nuestra Señora de Donores
 
フアン・ディエゴ・ゴメス・ベレス(コロンビア)Juan Diego Gómez Vélez(Colombia)
 コロンビアのSFウェブマガジン「Cosmocápsula」の創立メンバーだが、現在は運営には関わっていない。  ある山間部の村に「施しの聖母」が安置されている聖地があり、大勢の巡礼者でにぎわっていた。しかし、奉納物が変わっていて、人間の臓器や四肢の模型だった。村人たちは足や手のない人が多い。ここは「ユニバーサル・ドナー」という臓器移植企業が拒絶反応を起こさない移植用臓器や四肢を製造している村だった。主人公は8歳の少年。10歳になると定期的に血液や骨髄などを採取される。この少年に弟が生まれたが、移植に適さない子供をだったため母親は心臓移植用に献体しなくてはならなくなったので、少年は母親と村を出る決意をする。Nuestra Señora…とくれば、一般的にはNuestra Señora de Dolores(悲しみの聖母)だが、この短編の原題は”Donores”。英語でドナー、臓器提供者のことである。

 「無限のエミール」Emil infinito

 パブロ・A・カストロ(チリ) 
Pablo A Castro(Chile)
 大量殺人のかどで起訴されたエミ-ルは「カルテル」に対する証言をすれば5年の刑に減刑するという取引を持ちかけられるが、そもそも刑に服することが気に入らないエミールは逃亡を続ける。「軸」を保ってさえいれば、いくつでも転生できるという世界で、エミールはカルテルと警察の手から逃げ続けることができるのか。二人称で物語が始まり短い文章でつづるスタイリッシュな文体。

 
「ディアドラ」Deirdre
 ローラ・ロブレス(スペイン) Lola Robles(Madrid, España)
 エマは人間そっくりのアンドロイドを販売するカペック・コーポレーション(カレル・チャペックが由来)から女性型アンドロイド、ディアドラの購入を決めた。自分を愛することをプログラムされているので、最初はうまくいっていたが、ほかに女性の友人ができたとき、ディアドラが嫉妬にかられて失踪した。反テクノロジー主義の知人にディアドラの今までの記憶と自分を愛するというプログラムを削除してもらうが、後日ディアドラに会った時、またディアドラに恋を感じることになっていた。   

 「腹囲減量」Tripas reduction
 
フアン・ギノ(アルゼンチン)Juan Guinot (Buenos Aires, Argentina)  
 盛んに宣伝している「もう買った!」の羽毛クッション、欲しくてたまらないのだが減量のためのダイエットもしなくてはならずなかなか買えない。そこへ恋人のマッツィーが現れクッションを買うと、キャンペーン中だったので宇宙旅行が当たった。二人は宇宙船に乗り込むのだが、その船の中で結婚することになる。航行中に船が事故に遭遇するが、実はマッツィーはアンドロイドであり、船医であり、船長でもあったという、太った女性が主人公のくだけた感じの文体でドタバタと話が進んでいくユーモアSF。

 「神を思う」Contemplación
 
アルベルト・チマル(メキシコ)Alberto Chimal(México)
 大地が裂け、日が吹き出しすべての人が死に絶えた大災害でたった二人が生き残った。一人はインドネシアからインドへ向かう飛行機の中で奇跡的に生存していた31歳の女性。一人はメキシコの市街で地面から吹き出す炎に吹き飛ばされたが、一緒に飛ばされた瓦礫に守られ生き残った21歳の男性。子の二人はすべてに老いて正反対。アンチアダムとアンチイブ。場所は地球の反対側。ひとりは空から地面へ落ち、一人は地面から空へ舞い上がっている。だが、このような対比が起こっていることはだれにもわからない。ただこのことを見て取れるのは、神の視点からだけである。

 「”丘”対”焦点”」Los Cerros contyra Los Focos
 
デニス・マードック(キューバ)Dennis Mourdoch(Cuba)
未来研究所の守衛のおれは同じ研究所に通うカルメン・ミラグロ、通称カミをバーで見かけ、声を掛けるが振られてしまう。後日、アパートの部屋に戻ったおれを待ち伏せていたのはカミだった。銃を突きつけられながら「助けて欲しい」と言われるが、それが”丘”と”焦点”と呼ばれる二つのグループの抗争に巻き込まれる始まりだった。アクション満載。

 「オズ」Oz

 カルロス・ユシモト(ペルー)
Carlos Yushimoto(Lima, Perú)
 わたしはブリキ男とチェスの賭けをしながらエメラルド・シティの旅をしている。ブリキ男のチェスは強くて、今までに負けたことがない。あるひ、二人の屈強なボディーガードを連れた女性にチェスの試合を申し込まれるが、負けてしまいボディーガードの二人に暴行を受けて大怪我をする。それから数年後、わたしはアルツハイマーを発症し、記憶を失いながらブリキ男のきしむ腕で介護を受けながら死を待ち望んでいる。

 「風のアルパ」El arpa eólica
 
オスカル・エスキビアス(スペイン)Óscar Esquivias(Burgos, España)
 1824年のパリの音楽学校に、厳しいことで有名なルイジ・ケルビーニ学長(イタリア出身のフランスの作曲家、音楽教師)が図書館で楽譜を写している若いベルリオーズと出会う。ちょうどその場に居合わせたわたし、モーリス・ポンス(フランスの著作家)は彼に興味を引かれて会いに行く。彼は居住している部屋とは別に倉庫を借りていて、そこに大きな楽器「風のアルパ」を自作していた。ベルリオーズは裕福な意思の子息で、医学の勉強を途中でやめ音楽学校に入っていたが、家から医学をやめるのなら学費の援助は打ち切るといわれていた。その相談をしようと医学校へ行くと、実習用の死体を調達するならば、学費は都合してくれることになった。ある日、有名な歌手マダム・ルスコーニがなくなったとき、ベルリオーズは墓を掘り起こし、[風のアルパ」に彼女の頭をつないで、彼女の歌の再生を試みようとした。

「もっとワットを」Por unos watt de más
 
エリック・モタ(キューバ) Erick Mota(La Habana, Cuba)
 
日本製のAIを中国製の機体にロードした武装警護ロボットがハバナの街を巡回している。市民から生活に必要な電力(ワット)を巻き上げる悪徳警官を取り締まるのも、このロボットの役目だった。しかし、娘の学費にも苦労する警官は何とかロボットの監視の目を逃れようとする。

 「鋼鉄の目の女」Mujer de ojos acerados
 
ルイス・エドゥアルド・ガルシア(メキシコ)Luis Eduardo García(México)
 各家庭に監視装置が取り付けられている社会。私は監視員の試験に合格して監視員となり、毎日すべての家を覗く毎日。気になる女性がいたので、禁じられているのだが、彼女だけを見続けていたら、テロの準備をしているのがわかったが、私は報告しなかった。果たして、テロは実行され、それを見逃したとして、私は罰せられるだろう。

 「変身」El extraño
 マティーアス・カンデイラ(スペイン) Matías Candeira(Madrid, España)
  10月のある日、いつものように風呂に入っていると、排水口からミミズのような虫が出てきて足を噛まれた。すると、彼の身体は大きくなり、額に角が3本生え、太い尾がある怪物に変身した。風呂を出てダイニングに行くと、妻も娘も同じ姿になっていて、驚いている様子はなく、普通に話をしていた。驚いているのは彼だけだった。元に戻ろうといういろいろ考えるが、数週間過ぎると彼もだんだん慣れてきて妻や娘と普通に話ができるようになった。もうすぐ1年になろうとする9月のある日、また排水口からミミズが出てきて足を噛まれると人間の姿に戻れたが、妻と娘はそのままの姿だった。

 「楽園の兆し」Atisbas de paraíso
 
イバン・モリーナ・ヒメネス(コスタリカ)Iván Molina Jiménez(Costa Rica)
 罪と罰コーポレーション(COCRICA)の刑事がコスタリカ福音協会の依頼で、急成長を遂げた「サマリア人の最後の教会」の調査をする。最後の日教会のリーダー、ロナルド・スワガー・Jrが2035年ロサンゼルス生まれのジョニー・ペレス・ウルイタ(強盗の罪で懲役20年の服役中)と接触してから急に勢力を増してきたことがわかった。

 「丘の上の光」La luz sobre los cerros
 
ラミーロ・サンチス(ウルグアイ)Ramíro Sanchís(Montevideo, Urguay)
 カモメ礁で漁船が座礁したのを皮切りに海面加工現象が始まり、今まで海の下に隠されていたものが地上にさらされるようになった。クジラの骨格のようなものがあらわれたが、調べてみると生物進化の早い段階で枝分かれした生物が今まで見つからずに進化してきたと思われ、「地球内異生物」と名づけられた。幼い頃、祖父とクジラの骨格模型が天井から吊る下げられている海洋博物館を見に行く約束が果たされなかった私は、長い間書いていなかった小説を書き始めたが、その物語の中で自分との対話にのめり込んでいった。

「サトゥルノへの旅」Pasje para Saturno
 エクトル・アンヘル・ベネデッティ(アルゼンチン) Héctor Ángel Benedetti(Argentina)
 山高帽をかぶり、立派な服を着た紳士が農民に道を尋ねた。「サトゥルノへはどういけばいいでしょう?」農民はサトゥルノ駅への道を教えた。駅に着いた紳士は、ここはサトゥルノ(土星)ではないと感じる。そこで駅員に天体観測士の紹介を求めるが、訳のわからない駅員はブエノスアイレスへ行くことを勧める。手持ちの金製品と交換にブエノスアイレス行きの乗車券を買って13時間かけて到着するがそこでまた「土星(サトゥルノ)まで行きたいのですが」とたずねると、「よかったですね、今日の8時に、サトゥルノ行きの電車があります」

「煉獄」Purgatorio
 カルロス・ペレス・ハラ(スペイン) Carlos Pérez Jara(Sevilla,España)
 家に帰ると妻が離婚専門の弁護士と不倫行為の真っ最中で、ヨブは家を飛び出してきた。あてもなく、2クレジット払って公園に入る。中央にサービスパネルがあって、試してみると「娼館」という今まで見たことのないサービスがあった。家に帰る気がないヨブはそこへ行ってみる。そこのマエーバという娼婦から離婚手続きのサービスを紹介され、申し込んで家に帰ってみると、妻と不倫相手の弁護士がベッドの上で血まみれになって死んでいた。二人の死はあの離婚手続きの仕業と見たヨブは再びマエーバに会いに行くと今度は死体処理の申し込みをさせられるが、900クレジットもの大金が必要だった。家に帰ると、死体は片付けられていて、血の跡などもすっかり消えていた。さすがに蓄えがなくなってきたので、仕事量を増やすことにした。ある日、いつもは行かないバルで酔っ払った後でマエーバに会いに娼館に行くが、彼女は既に店をやめていた。資本主義への風刺に満ちた一篇。
 




「夢の紡ぎ手2012-2013年度版」
Fabricantes de sueños Selección2012-2013 (AEFCT, 2015)


Una selección de Luis Pestarini.

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