「メキシコSFの25年」とはなっているが、1984年作から2010年作まで、ベテランから新人まで一通り取り揃えてある。収録作の傾向として、テーマが終末世界、あるいは破滅後の世界、そして時間テーマが多いのが少し気になる。

 「小さな闘い」La pequeña guerra 
マウリシオ-ホセ・シュワルツMauricio-José Schwarz  
 メキシコを代表するSF作家。1984年第1回プエブラSF短編賞受賞。人口を抑制するために10才になると剣と楯で闘うことが決められている世界。10才の女の子が剣闘士の格好でスタジアムで戦うところから話は始まる。父親の名前がアキラで、日本人。「マワシゲリ」とか「カラテギ」とかいう言葉が出てくる。ちょっと「萌え」の要素もあり。

 「人類は人類」Un hombre es un hombre
ガブリエル・トルヒーリョ・ムニョスGabriel Trujillo Muñoz
 2001年に発表された作品。人間がいなくなった世界で、ぼくたち、人間に捨てられた機械、ゴミリサイクル装置、環境測定器などは、エル・ドラドを目指して歩く男と出会った。ディズニー映画の「ウォーリー」を見たときに思ったことを短編にした、と著者のノートにある。

「メデューサの弁解」Los motivos de Medusa 
ヘラルド・オラシオ・ポルカヨGeraldo Horacio Porcayo
 冷凍睡眠から目覚めると、頭部にケーブルを何本も接続したロボットがわたしの世話をしてくれていた。それを見てわたしは「メデューサだ」と思った。人類が全て死に絶えた世界に生き返った男の話。1990年作。

 「旅人」El viajero
 ホセ・ルイス・ガルシJosé Luis Garcí 
 
私立探偵の俺の所に「2年前に私を殺した犯人を捜して欲しい」と大金を持った男が転がり込んできた。ラテンアメリカの文学賞、スペインUPC賞などスペイン語圏のSF賞を総なめにしたSF作家が80年代に書いた作品。

 「…そしてUFOは墜落した あるいはロス・ウェリトラン事件」...Y el OVNI cayó o El evento Ros.Huelitlán
 F・G・ハーゲンベックF.G.Haghenbeck
 ロズウェルならぬロス・ウェリトラン(正確にはロサリオ・ウェリトランというのだが、だれもそう呼ばない)という村の酔っ払った二人の前に、UFOが落ちてきてからのゴタゴタを描くコメディ。テリー・プラチェットの本を読んでいたときに思いついた話で、スペインの「アンドロメダ」(2008)にも収録された。

「ジャスティンのおもちゃ」Un juguete para Justine 
アントニオ・マルピカAntonio Malpica 
 世界全体で3000人ほどになった地球で、老人と孫娘がお茶を飲んでいる。唯一のタイムマシンの所持者である老人は、ジャスティンにとっていつまでも新しいおもちゃを持って、この時に戻ってくる。児童文学、ミステリー、SFの分野で賞を数多く受賞している作家の詩情漂う掌編。

「囲い込まれた猫の1年」El año de los gatos amurallados 
イグナシオ・パディーリャIgnacio Padilla
 
地震でトンネルに閉じ込められた4人の男女と猫たち。猫たちは死体を食べて人食い猫となり、生き残った4人に襲いかかる。ホラーになるのかと思いきや、猫の登場は少なく、4人の心の動きが中心に語られる。

 「グレーノイズ」Ruido gris 
ペペ・ロホPepe Rojo
1996年カルパSF短編賞。放送局と契約して、視神経に手術を施し、見たもの聞いたものが放送に載るレポーターの話。いままさに自殺しようとする人にインタビューをとったり、テロの現場に取材に行って爆発に巻き込まれたり、視聴率を気にしながら悲しき身の上を語ってゆく。

「頂上」El ascenso 
セシリア・エウダーベCecilia Eudave
 この短編集を送っていただいたグアダラハラ大学の文学部教授。この作者の作風はファンタジックな作品が多いが、これほどストレートなSFは珍しい。人類が死に絶えた世界で、厳寒の中、先祖が埋葬されている山に登るアロンソと幼なじみのアンドロイド、オットー。苦しい登山の果てに彼らの見つけたものとは…。2010年作。本アンソロジー中最新作。「SFファンジン」55号(2011)に翻訳掲載。

 「迷子になった女の子」Se ha perdido una niña 
アルベルト・チマルAlberto Chimal
 ソビエト連邦時代に書かれた本「迷子になった女の子」に夢中になった女の子が、ロシアに行って作家を探す物語。探しに行くまでのゴタゴタが楽しい。1998年。

 「蛍の時間」La hora de las luciérnagas カレン・チャセックKaren Chacek 
 映画の脚本家としてのキャリアを経て、短編や、児童書を書いている。暗いところで爪が光る女の子。昔、この村では「蛍の時間」として、観光名所になったことがあったが、祖父がひた隠しにする人体実験と、「光る爪」「蛍の時間」は相互に関係があった…。

「最後の日の最後の時間」Las últimas horas de últimas días ベルナルド・フェルナンデス Bernardo Fernández, Bef
 この短編集の編者が10年前に書いた作品。隕石が地球に衝突する寸前に人気のなくなったメキシコシティーをさまよう男と女。それでもまだ残っている人たちとの出会いを繰り返しながら、最後の時間を過ごす二人のロードストーリー。

「ラヂオテクニカ カンティーナ」Radiotekhnika cantina ヘラルド・シフエンテスGeraldo Sifuentes
 韓国人だか中国人だか日本人(コレアーノチノハポネス)が経営する酒場には、今宵も群れ集う有象無象が引き起こす騒ぎが絶えない。メキシコSF界のサイバーパンクの旗手。98年、カルパ賞受賞。

「決闘」El duelo ロドルフォ JM Rodolfo JM
 巨大隕石が地球衝突コースにのって近づいてくる。「ル・モンド」と「ニューヨーク・タイムズ」のネット版は連日この関連記事を載せている。一方、世間は「幻宇宙」説がかまびすしい。しかし、外は青い空が広がり、同僚には背中に「私は存在していません」と書いた紙を貼り付けられるという古典的ないたずらをされる。2004年に発表、フリオ・トーリ賞受賞。

「瞬きする間のF&D」 Instantáneas F&D エドガル・オマル・アビレス Édgar Omar Avilés
 奇形として生まれ、死にゆく運命の子と、みんなに祝福されて育ち、宇宙に旅立つ子を、散文詩の文体でフラッシュで見せてゆく、本短編集中もっとも短い作品。

「未来のネレイダ」 Futura Nereida ガブリエラ・ダミアン・ミラベテ Gabriela Damián Miravete
自分の名前と良く似た名前の登場人物が出てくる本に夢中になったネリッサは、同じ著者の本を探そうとするが…。 時間テーマを交えたファンタジー。

「視差」 Paralaje ラファエル・ビリェーガス Rafael Villegas
 この短編は1874年メキシコの天文学委員会のフランシスコ・ブルネスが、金星の観測を利用した視差により、地球と太陽の距離を測定した史実に基づいているが、ここで描写される横浜や吉原(Yoshivaraと表記されている)の情景はエキゾチックすぎ。

「対岸」La otra oriila オルランド・グスマン Orlando Guzmán
 "宇宙で唯一の知性体”だと思っていた人類が、"宇宙で最後の知性体”だと思っていたフラクタル人の存在を知り、直接会いに宇宙船「マンデルブロ」に乗り込んだ。このアンソロジー中ただ一人の本職物理学者が書いた短編。にしては、あまりハードSFになっていない…。


「旅人たち -メキシコSFの25年-」
Los viajeros -25años de ciencia ficción mexicana- (Ediciones SM, 2010)

ベルナルド・フェルナンデス 選
Seleccionado por Bernard Fernández, Bef

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