スペインのSFを語る上で触れずにはすまされないシリーズが復刻版として出版された。最初の刊行は1953年。バレンシア生まれの作家、パスクアル・エンギダノス・ウサーチがジョージ・H・ホワイトという筆名で発表した作品群である。当時はスペイン人の名前では売れないので、英語風の筆名で出すということが横行していたからなのだが、このシリーズは大ヒットとなり、このシリーズのファンが、毎年スペインSF大会のなかで「アスナールコン」という企画を開いているというほどの人気ぶりである。

 今回の復刻版は、三話を一冊にまとめた形で(なかには二話分だけというのもある)出版されているが、一つ残念なのは、表紙イラストがないこと。もちろん、初回出版のときはいかにも五〇年代アメリカパルプ雑誌のようなイラストはついていたのだが、今回は文字だけを配列したなんとも素っ気ない表紙となっている。版元「シレンテ」のホームページwww.silente.netには3DCGによるイラストのついた書影が掲載されているが、注文して届くのはイラストなしの本ばかり。問い合わせてみると、13巻目からは3DCGイラストつきとのこと。

 一冊目は「金星人」「謎の惑星」「電子頭脳」の三話分が収録されている。といっても、基本的に続きものなので、一話ごとに一応の決着はついてはいるが、「章立て」のようなものである。
 時は国際連合設立の数年後、同時に開設されたその一機関、宇宙情報局の局長、ステファンソン教授はUFOの情報を求めて世界中を飛び回っていた。そこへ専用飛行機DC-8のパイロットとして雇われたのがミゲル・アンヘル・アスナール・デ・ソト、二十七歳のスペイン人だった。折しも「灰色の金星人現る」の報を受けて一行はヒマラヤへ向い、ついに灰色金星人の地球侵略基地を発見、破壊に成功した。

 第二話では、この調子でいくかと思いきや、金星人の基地破壊には成功したものの、証拠となるものが何もなかったため、教授らは宇宙情報局を解雇されてしまう。それでも金星人の脅威を訴え続けた一行は、ひそかに宇宙ロケット<ランサ>を開発、完成にこぎつけていたが、「世界の均衡を崩すことになる」との理由で公表していなかったアメリカ人の協力を得て、金星に向かうことになった。そこで見つけた青い肌の人間たちは奴隷状態に置かれ、鉱石らしきものの採掘作業に従事させられていた。そこへ現れたのが、地球で見たのと同じ「空飛ぶ円盤」だった。それを追跡したアスナールたちは、本拠地を発見、今度は捕虜も確保して破壊に成功した。

 しかし、続く第三話ではこの捕虜の破壊工作により、ランサが航行不能に陥る。食料も空気も尽きかけたところに接近してきたのが、謎の放浪惑星。何とか不時着に成功したものの、もう飛び立てなくなってしまった。あたりを探検してみると、クリスタルでできた建築物を発見、守衛らしきロボットをくぐり抜けて内部にはいると、そこにいたのは金星で出会った青い肌の人間たちだった。

 解説には、1937年フランク・キャプラ監督の映画「失はれた地平線」や最近では「インディ・ジョーンズ」または「Xファイル」等を思い出させると書かれているが、「シャングリ・ラ」を巡る「失はれた地平線」、宇宙人との闘いを描く「Xファイル」はともかく、「インディ・ジョーンズ」は少し趣きが違うと私は思う。あえて言うなら第一話は「チャレンジャー教授」の一連の小説、第三話あたりは初期の「ペリー・ローダン」に雰囲気が似ているといえば、わかっていただけるだろうか。所々に科学的解説をちりばめているところなど、科学啓蒙も一つの目的とした当時のSFらしいし、ステファンソン教授の押しの強さもどこかチャレンジャー教授と似通ったところがある。第一話でステファンソン教授の秘書だったバーバラ・ワッツと主人公のアスナールが第二話の冒頭で結婚してしまうのはご愛敬としても、出会う異星人のテクノロジーを自分のものにしてしまうところなどはペリー・ローダンをほうふつとさせる。

 ほかの雑誌やウェブに掲載されている記事によれば、これから二千年代、三千年代の未来の話になり、最終59話では1000309年が舞台となる。宿敵となる灰色人「トルボッド」との闘争はこの直前五六話まで続き、ここでようやく人類との和平が結ばれる。作者のパスクアル・エンギダノスはここで終わらせるつもりはなく、57〜59話では新種族とのコンタクトを果たし、60話も刊行を予定していたが、ここでストップしていた。しかし、最近になって若手の作家がこの続きを書き始めて、出版が始まっている。

《アスナール・サーガ1》
金星人の脅威 Los hombres de Venus
(Silente,1999)
ジョージ・H・ホワイト George H. White

inserted by FC2 system