世にシャーロック・ホームズが登場する小説は多数あるが、チャールズ・チャップリンとの共演は初めてだろう。といっても、映画で有名になってからのチャップリンではなく、若い頃のチャップリンで、なんと、六才の時ホームズの「ベイカー街遊撃隊」の一員として活躍したという設定からはじまるのである。チャップリンは一八八九年生まれ、ホームズは一八五四年生まれということになっているので、ホームズ、四十一才の頃である。
 その他の登場人物は、オスカー・ワイルド、切り裂きジャック、ホームズ役者のウィリアム・ジレット、アルバート・アインシュタイン、エレファントマンとして知られるジョン・メリック(正確にはエレファントマンの遺体だが)、敵役としてアレイスター・クロウリー、そして兄のマイクロフト・ホームズ、チャレンジャー教授も出てくるなど虚実おりまぜだ。
 題名の「基本だよ、チャップリン君」の「チャップリン君」はもちろん「ワトスン君」のもじりだが、このセリフは主要登場人物のウィリアム・ジレットが舞台でホームズを演じるときの決まり文句。インバネスコートに鹿撃ち帽、吸い口の大きく曲がったパイプというよく知られているホームズ像はこの役者が作ったといわれる。
 この物語は作者のラファエル・マリンが同業の作家で友人のロドルフォ・マルティネス(彼もホームズ物「シャーロック・ホームズと死者の知恵」という本を出したばかり)から得体の知れない鍵を預かることから始まる。ある日、マルティネスは差出人不明の小包を受け取る。その小包はタイプライターで書かれた生原稿とひとつの鍵だった。翌日、その原稿は何者かによって奪われたが、鍵は残されていたという。その鍵がスイスの貸金庫ののものだと知ったマリンは、スイスに行って金庫を開けてみるとそこに入っていたのは英語の原稿の束。それを翻訳したのが、この物語である。
 シャーロック・ホームズの物語はワトスンが記述したものだが、これはチャップリンが書いたホームズの記録だった。ワトスンは後半少し登場するが、この頃にはホームズはワトスンと行動を共にしていない。チャールズ・チャップリンは、すでに「ベイカー街遊撃隊」の一員だった兄のシドとともに、失踪した詩人アレクサンダー・ウィルバーフォースの捜索に協力して、見事に解決した。それから十数年後、チャールズが務めていた劇団に、ホームズ役として出演していたアメリカの俳優、ウィリアム・ジレットが誘拐された。本物のシャーロック・ホームズと再会したチャップリンは、ジレットの行方を追っているうちに、エジプトの秘密結社「ホルスの継承者」、アレイスター・クロウリー、十数年前と姿かたちが変わらない少女、エレファントマンの遺体、アルバート・アインシュタイン、チャールズの淡い恋、メアリー・シェリーの「フランケンシュタイン」の草稿などがからんでくる。
 作者のラファエル・マリンは一九五九年スペイン南部の都市カディス生まれ。八〇年にデビュー。八四年の長篇「光の涙」はスペインSFの最高傑作と紹介される。SFから冒険小説、ファンタジーまで幅広いジャンルをこなす作家で、本作では基本の冒険小説にSFのフレーバーをまぶし、シャーロック・ホームズ物だけに、ミステリーにも間口を広げている。


「基本だよ、チャップリン君」
Elemental, querido Chaplin
 (Minotauro, 2005)

ラファエル・マリン Rafael Marín
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